「奇跡」をおこし「軌跡」にかえる
このKISEKI試験は、第1世代及び第2世代EGFR-TKIで治療されたEGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がんの患者さんで、再燃時にT790M陰性の患者さんがオシメルチニブが使えない状況で他にほとんど選択肢がない絶望の淵から発案された日本初となる患者提案型医師主導治験です。患者会ワンステップからの提案に対して、近畿大学病院の中川和彦医師と武田真幸医師が中心となり治験が計画され、WJOGが治験運営を行いました。誰もが実現不可能と思っていたこと、「奇跡」が起こったのかもしれない。薬が保険で使えるようになれば、今、苦しんでいる人を助けられるかもしれない。あとに続く人たちの道となる。「軌跡」を残すんだ。「奇跡」をおこし「軌跡」にかえる、との思いで本治験をKISEKI 試験と名付けました。
今回、肺がん患者の会ワンステップ代表の長谷川一男さんにKISEKI 試験についての思いについてWJOG事務局長の武田がインタビューさせていただきました。
2023年7月4日、真夏日の横浜にて
- 長谷川 一男(はせがわ かずお)52歳 肺がんステージ4
-
2010年に発病し、さまざまな治療を経験し、現在13年目の闘病中です。 2015年に特定非営利活動法人肺がん患者の会ワンステップを設立。ワンステップのビジョンは肺がんの患者・家族の「生きる勇気」を支え、肺がんのない世界を目指す。3つの活動の柱があり①仲間を作る、②知って考える、③アドボカシー(患者擁護)が3つの活動の柱となっている。1ヶ月に1回のペースで肺がん患者間のおしゃべり会を開催し、HPやブログにて、様々な情報発信を行っている。日本肺癌学会ガイドライン委員、神奈川県がん教育協議会委員を務めている。
私自身が参加できなくても、この研究を実施して次世代に思いをつなぎましょう
- 長谷川
KISEKI試験を計画するために、2019年12月にワンステップでZOOMミーティングを行うことになり、約70名の肺がん患者さんが参加してくれました。そのときにすごく印象的だった言葉があって、これが私の背中を押してくれました。 このZOOMミーティングの患者の本音として、「もしかしたら自分がこの治験の治療で助かるかもしれない」と、みんな自分中心の好き勝手なこと言い始めていました。例えば、5次治療でこの治療薬を使っているけど、自分はこの治験に入れるのか、もし自分が入れないとすれば意見を求められても答えられない、など。そのような雰囲気の中で、「長谷川さん、もし研究デザインが、私自身が参加できない形になったとしても、これ(KISEKI試験)はみんなで進めるべきです。臨床研究は、次世代のために最高の治療法を残していくためにやるものであって、今ここで困っているみんなを救うためにやるものではない。最高の治療法をきちんと育てたいという思いも世代を超えてつないでいきたいと思う。」といった発言がある患者さんからありました。
-
武田
患者さん自身が自分の治療につなげたいという気持ちはよくわかりますが、そのような雰囲気の中で臨床試験の本質を突いた素晴らしい発言ですね。
-
長谷川
その言葉でその場が収まったし、みんなの心も一つになれました。今ここにいる人だけのためではなく、世代を超えてすべての患者のために最善を尽くそうと。私がWJOGの先生とお話するときには、「一人ひとりの患者の要望を聞くのではなく、将来をも見据えた最適な形で臨床研究やってください。」と要望することができました。
ワンステップはアドボカシー活動としてKISEKI試験に関与
-
武田
今年9月9日~12日にシンガポールで開催される肺がんの国際学会(2023 World Conference on Lung Cancer)でKISEKI試験に関して患者代表として長谷川さんが口演発表されますよね。
-
長谷川
現在、資料と口演原稿作成を頑張っています。少し大変な話があって、実は発表を学会に申請した際に、既にKISEKI試験の結果は論文公表済との理由でリジェクトされたのです。今回の発表内容はKISEKI試験の医学的な結果を発表するのではなく、患者自身がアドボカシー活動としてこの治験に関与したことの経緯と意義を発表したいと学会長宛に手紙を書き、何とか発表を許可してもらいました。でも、たった5分しか時間はもらえていません。言いたいことをすべて言えるかどうか、少し心配しています。
-
武田
KISEKI試験を企画していた時には本当に予定している症例数が確保できるのか、なぜならば1次治療でオシメルチニブが標準治療として保険承認が得られている状況でしたから。しかし、現実はその様な状況であっても多くのKISEKI試験の対象患者さんが存在していて症例登録が進んでいきました。ワンステップにも患者さんからの問い合わせは多かったのですか。
-
長谷川
ワンステップへの問い合わせはそれほど多くはなかったと思います。ワンステップが持っている発信はすべて行ったので、その情報で、主治医と話されたのではないかなと想像します。また、ワンステップのメンバーに聞いてみると、多くのメンバーは主治医の先生からKISEKI試験の情報を伝えられたとよく聞きました。KISEKI試験はWJOGで十分に検討された治験ですので、医療者間の情報共有は一般的な情報の伝搬ではなく、科学性を保った専門知識を持った者にのみ通用する精確かつ信頼できるものなのでしょう。それで僕が聞いているのは、担当の主治医からKISEKI試験への参加を強く推奨された方がおられました。
-
武田
WJOGに所属しているかどうかにかかわらず日本中の肺がん専門医がKISEKI試験を応援してくれていて、対象となる患者さんを実施施設に紹介してくれたようです。
-
長谷川
KISEKI試験は限られた施設でしか実施されていなかったのですが、それ以外の遠方の地域の方に対しては、例えば、北海道から東京まで通院される場合は、交通費が結構かかりますので、ワンステップか補助を出して、患者さんへの支援と同時にKISEKI試験への支援を行いました。
-
武田
主治医の情報提供は重要であり、また、患者会の経済的な支援もKISEKI試験の成功に大きく寄与したようです。
取り残される患者がなくなるように
-
武田
今後、ワンステップあるいは長谷川さん個人がWJOGに期待することはありますか?
-
長谷川
KISEKI試験の次には、ゲノム医療の進歩が著しい現在において、実際に治療にたどり着かない患者さん、隙間に落ちこんでいる患者さんを救うことができないかなと思っています。先生方や製薬会社の方々も治療開発の専門家ですから、我々素人が思いつかないようなアイデアを持っていると思います。何かの折に、「こんなのがあるんじゃないですか?」って言ったら、「それはもうやっているよ。当たり前だろう」と言われ、「その通りですね」みたいな話もよくあります。しかし、患者が本当に何かお願いしたいなと思うのは、大多数の患者ではないけれども、特殊な状況を持っていて取り残されている患者たちがまだ確実にいて、そういった患者に対しても忘れることなく手を差し伸べていただきたいと思います。 PPI(患者・市民参画)は、がん対策基本計画第4期にも大きく取り上げられています。当事者でないと気付かない、気づけないことがあると思います。立場により見えてくる景色は異なっていると思います。PPIの推進には地道な活動の積み重ねが必要であると考えていて、患者が何か一足飛びに臨床試験を立案するようなことは現実的ではないでしょう。WJOGで臨床試験を実際に動かしている先生方とお話しすることで、臨床試験に寄与することができればと考えています。
-
武田
PPIに関して具体的にどのような活動を進めていけばいいのでしょうか。
-
長谷川
毎年、日本臨床腫瘍学会学術集会でPAP(ペイシェント・アドボケイト・プログラム)を開催しています。北里大学病院の佐々木治一郎先生がPAPの責任者ですが、患者とお医者さんの交流の場みたいなセッションがありました。初めて学会に参加する患者さんも多く含まれていて、両者が一緒になって臨床試験をどんなふうに説明したら変な思い込みなくスムーズに対話ができるか、臨床試験を正しく理解できるかを話し合いました。そこに参加した先生方は全員肺がんを診療していて臨床試験を実施している先生で、WJOGの三浦先生や高濱先生もいました。一緒にワイワイ議論することで両者の距離が一挙に短くなったと思います。何かそういう場をWJOGでも作っていただけると、より臨床試験というものを身近に感じられると思います。患者会はそのような場での患者の声を情報発信することで、PPIを推進できると考えています。
-
武田
WJOGでも市民公開講座やオンラインセミナーを定期的に開催していますが、一方向の情報提供となりがちです。患者と医師が双方向でコミュニケーションできる場を一緒に作っていきたいと思います。
インタビューを終えて(武田事務局長より)
新着インタビュー
関連記事はまだありません。